【1÷9×9=0.999……(無限個)】となるのは何故か
私が30歳のとき(1999年)、私のホームページの掲示板で、ある大学生がこんな書き込みをしました。数学の授業で『1=0.999……』だと習って、これが不思議でしょうがないという内容でした。これは1を9で割ったものに9をかけると1になるはずなのに、計算機では1にならずに0.999・・・(無限個)になるのは何故かということですね。私はたまに天才なので、当時なぜそういう誤謬が生じるのか考えて、教えてあげました。端的に言うと、数学には個数と量数が混同されやすい問題があるのではないかということです。
1=0.999……のよくある説明として『1÷9×9を電卓で計算すると0.999……(有限個止まり)である。もしも無限個の桁がある電卓が存在するならば1÷9×9=0.999……(無限個)を得るだろう。左辺は明らかに1なので、1=0.999……である。』というものもあります。
それに対する私の答えはこうです。
【1÷9×9=0.999……(無限個)を得るだろう。】
\(10a=9.999... \infty\)
\(1a=0.999... \infty\)
\(10a-1a=9a=9.000\)
それだと \(1a=1\) になるので、\(1a=0.999... \infty\) というのと矛盾するということです。何故こういう矛盾が起きるかというと。それは、小数点以下に限りは無いからです。\(10a\) というのは \(a\) の十倍ですよね。普通限定された数では、0.999の十倍は9.99ですよね。しかし0.999・・・∞という9が無限に続くという設定が与えられたため、9.999は9.999・・・∞ということになります。
つまり限定された数では、10倍される度に、小数点以下の数が一つ減るのに、無限という設定が与えられたため、いくら10倍しても小数点以下の数が変わらないんです。ズルいですよね。いくら10倍しても、小数点以下の数が変わらないんですから。もし \(10a-1a=9.99-0.999\) なら、\(9a=8.991\) で、\(9a\)(つまり \(9 \times 0.999\))\(=8.991\) で、おかしなこと(矛盾)は少しもありませんね。
無限という設定上、小数点以下の数は増え続ける(変化し続ける)ので、
【0.9999・・・無限個】をいくら10倍しても、
【0.9999】×10=【9.999】
【9.999】×10=【9.99】
【99.99】×10=【999.9】
↑のようにはならず、↓のようにイコールの右の数の、小数点以下の数は(増え続けることにより)変わらないということです。
【0.9999・・・無限個】×10=【9.9999・・・無限個】
【9.9999・・・無限個】×10=【99.9999・・・無限個】
【99.9999・・・無限個】×10=【999.9999・・・無限個】
その後日、【10÷3=3.333・・・】なのに【3.333・・・×3=9.999・・・】となるのは何故かも考えてみました。
【10を3で割ると、答えは3で余りが1です。答えの3に3をかけると9になり、余りの1を足すと10になります。】
【10を3で割ると、答えは3で余りが1です。さらに余りの1も3で割ると、答えは0.3で、余りは0.1です。答えの3.3に3をかけると9.9になり、余りの0.1を足すと10になります。】
【10を3で割ると、答えは3で余りが1です。さらに余りの1も3で割ると、答えは0.3で、余りは0.1です。さらにさらに余りの0.1も3で割ると、答えは0.03で、余りは0.01です。答えの3.33に3をかけると9.99になり、余りの0.01を足すと10になります。】
つまり10を3で割ると3.333・・・∞というのは、言い換えれば、3.333と余りが0.001ということです。それを3倍すれば、9.999+0.001となり、矛盾はありませんよね。これは3.333・・・の『・・・』の部分が、余りを割った部分だと言うことを忘れていることから来る錯覚にすぎないということです。
数学における個数と量数の混同について
古代ギリシアの哲学者、エレアのゼノンの提供した「アキレスと亀」とは以下のものです。俊足のアキレスと、足の遅い亀が徒競走をしました。亀はアキレスよりも少し前の地点からスタートしますが、アキレスが亀のいた地点に到達したときには、亀はそこよりも少しだけ進んでいるはずです。さらにアキレスが亀のいた地点に到達したときには、亀はそこよりも少しだけ進んでいるはずです。これを繰り返していくと、アキレスは永遠に亀に追いつけないはずなのに、アキレスは何故亀に追いつくことができるのか、というものです。
ゼノンさんは、空間を細分化して個数を無限に増やすことは出来ても、実際の距離(無限全体の大きさ)は変わらないということを忘れていたのではないでしょうか。つまり、亀のスタート地点がアキレスよりも10の距離を先行していたとして、アキレスが一秒間に1単位ずつ進み、亀が一秒間に0.1単位ずつ進めるとすれば、アキレスが10単位を進んで亀の居た位置に辿り着いたときには、亀はアキレスよりも1(0.1×10)単位だけ前方に居るわけです。普通に考えれば、スタート地点からアキレスが20単位を進んだときには、亀はアキレスの後方8単位に居るはずです。
では何故これがパラドクスだと考えられたのか。それは、アキレスが先行する亀の位置に辿り着く度に、その時点での亀とアキレスとの距離をまた十等分して、アキレスは一秒間に1単位ずつ進むことが出来、亀は一秒間に0.1単位ずつ進めると考えたからではないでしょうか。これではいつまでたってもアキレスは亀に追いつくことは出来ませんよね。距離はいくらでも分割が可能ですが、その分割個数と実際の距離を混同したのが、ゼノンさんの失敗だと思います。要は、このパラドクスは分割個数と量数とを混同することから生まれるということです。
アキレスが十歩進む間に、亀も十歩進めたとしても、アキレスの一歩は亀の一歩よりも大きいんです。百個に分割した一つの林檎は、十個に分割した一つの西瓜よりも数が多いと言っているのと変わりありません。林檎と西瓜をそれぞれ無限個に分割すれば、分割個数はともに同じですが、全体の量数は違います。二分の一の林檎と二分の一の西瓜とでは、個数は同じですが、一個の量は常に『西瓜>林檎』です。
林檎と西瓜を無限に小さくすれば、それぞれの無限小の大きさ(量数)は同じではないのかという錯覚が、ゼノンのパラドクスの正体です。しかし、林檎の量数(大きさ)を西瓜の十分の一とするなら、無限小に分割され続ける林檎の一片の量数と比べるべきなのは、常にその林檎の一片の十倍の量数なんです。この量数の比は無限に変わりません。無限小とは、固定された最終の数ではなく、どこまで分割しても、それよりさらに分割出来るという状態に過ぎません。
林檎 一回目1/2・二回目1/4・三回目1/8・・・無限
西瓜 一回目1/2・二回目1/4・三回目1/8・・・無限
林檎と西瓜の無限小の量数は同じと考える錯覚は、永遠に分割され続ける任意の一点において、1/4の林檎と、1/16の西瓜を比較するようなものです。しかし、無限小とは永遠に分割され続ける過程に過ぎません。ならば、西瓜全体の体積が林檎全体の体積の十倍であった場合、比較すべきは常に、その時の分割回数を同じにしたときの、それぞれの体積ということになります。無限小とは分割され続ける状態であり、無限小を固定された終着点と想定した時点で、それはもう無限小ではなく、有限ということになるのですから。
例えば、一つの林檎と一つの地球を考えれば、そこには二つの無限(分割個数)が作り得るということです。林檎を無限に分割すれば、その個数は無限ですが、無限の全体は林檎の大きさを超えるものではありません。地球を無限に分割すれば、その個数は無限ですが、無限の全体は地球の大きさを超えるものではありません。